低温調理とHACCP

　家庭用の専用調理器具が登場し、各種レシピサイトでもよく目にするようになった低温調理法。これは低温でじっくり長時間熱を通すことで、肉のパサつきや硬さを防ぎ、肉の旨みを引き出す調理方法です。ローストビーフなどでよく見かけると思います。

　しかし、低温で調理するということは十分な殺菌がなされず、病原菌が生残してしまうリスクがあることに注意しなければなりません。

　病原菌の存在を分析し、その管理方法を考え、計画に従ってモニタリングを行って病原菌をコントロールする。低温調理法に限った話ではありませんが、HACCPはまさにこういった病原菌の生残の可能性のある調理において重要になってくる衛生管理です。

　低温調理法における食肉の処理は病原菌の生残の可能性があること、調理された食品はその後提供されるケースが多いことから、まずハザード分析において重要なハザードと分析され、さらにはCCP（重要管理点）とされることも多いでしょう。このCCPをどのような管理を設定するか、例えば何度何分の加熱をどのような方法で行うか、それをどのような形でモニタリングするか、まさにHACCPの肝ともいえる要素が詰まったものといえます。

　HACCPのハザード分析を行う上で、病原菌の知識は切り離せません。食中毒を起こす病原菌は様々ですが、生食で度々話題に上がる牛肉、鶏肉においては、腸管出血性大腸菌やカンピロバクターがその代表例として挙げられます。

　一般的な病原菌は75度1分以上の加熱を行うことで死滅すると言われています。これは厚生労働省が出している大量調理マニュアルに記載されているもので、いわば政府のお墨付きの殺菌温度と時間と言えます。腸管出血性病原菌やカンピロバクターもこの75度1分以上の加熱で死滅します。

　ここで注意が必要なのは、この75度1分以上の加熱はあくまで「肉の中心温度」であることです。肉は薄切りや塊肉、成形肉と様々です。特に成形肉の場合、肉の表面に存在する病原菌が内部に練り込まれる状態となるため中心温度までしっかり加熱されなければなりません。

　また塊肉の場合も、時間と共に病原菌が内部に浸潤していくとされています。またテンダライズ処理を行う場合はそれに伴って内部に病原菌が侵入する可能性があります。このようなことからも、殺菌に必要なのは「肉の中心温度 75度1分以上の加熱」であることを忘れてはいけません。

　HACCPによる衛生管理は、各原料の受入から製造、製品の出荷までのすべての工程において、食中毒などの健康被害を引き起こす可能性のある危害要因（ハザード）を科学的根拠に基づき管理する方法といわれます。例えば、肉の中心温度75度1分以上の加熱で病原菌が死滅することがわかっているから、75度1分以上の加熱となるように工程を管理するわけです。

　その意味では低温調理法も非常にHACCPに親和的な調理方法と言えるでしょう。75度1分以上の過熱と同等の殺菌ができる、より低い温度と時間は何度と何分かを検討して管理するわけです。そして病原菌の死滅・不活化については、D値（菌数が10分の1に減少するのに要する時間）とZ値（D値を10分の1に減少するのに要する加熱温度変化）という値を利用して表すことができます。

　病原菌の種類や食材、成分による違いもありますが、75度1分と同等の温度、時間はこれらの値から数学的な計算で求めることができます。科学的根拠に基づく管理を行うHACCPにおいては、こういった学術的な計算も一つの根拠にしてその管理方法を検討していきます。

　HACCP計画では食中毒を発生させる恐れのある重要な工程を継続したモニタリングによって注視し、その逸脱があったときは製品の破棄をはじめとした改善措置を取らなければなりません。そのような厳密な管理、対応によって食品の安全を実現するわけです。

　今回のラーメン店の場合、HACCP計画においては低温調理工程はおそらく重要管理点となるでしょう。そしてそのような工程を管理する従業員は、その工程の内容や重要性について理解していなければなりません。しかし「この肉はどのように調理しているのですか？」「何度何分の加熱を行っているのですか？」と尋ねても、答えは返ってこなかったのではないでしょうか。

　重要管理点の管理・モニタリングは、安全な製品提供の生命線です。判断基準は何か、何のためにその基準があるのか、逸脱した場合の対処方法は何か、そういった意味内容をきちんと理解できていなければ正確な管理はできません。安全な食品の提供のために、衛生意識の向上を心がけましょう。